魔法?使えるヤツがいたら頼むよ。
違法者を消してくれって、目の前の。
| 追憶スケッチ メモリイスケッチ |
a piece chocolates (0.5) |
生きたことを泣き叫んだ誕生日が一度だけ、ある。 えらく熱い日だった。 異世界の空気でも交じったような湿気のある空気はまるで、この地に必死でしがみ付いている人間すべてを排除してやろうという、この星の悪質な意思なのではないかと思えるほどに。 横たわって頬に直接触れる大地に、熱がジンジンと染みとおっていた。目の前を蟻が通っていったと思ったら、ただの真っ黒な灰で、可笑しくもないのに口が勝手に歪んでいた。 遠く空になけなしの追撃機が飛んでいくのが見えた。 町を火の海に変えた敵機はもうとうに帰っていっただろうに。戦略爆撃機B−29の編隊。 狂ったのか、さっきまで「天皇陛下ばんざーい」と壊れたラジオのように笑いながら踊っていた男の声も聞こえなくなって、ああ、やけに静かだ。 写真や肖像で何度も見た天皇の顔が浮んだ。次に海軍時代の仲間。あの中の何人が、大日本帝国の礎(いしずえ)となるべく出撃していったのだろう。オレ一人が少しでも戦ってたら、何人かの命は救えたんだろうか。こうしてもう途切れそうな結末よりも、もっと誇れるような、胸をはれるような思いで、決意と信念のもとに散れたのだろうか。 ひしゃげた水道管の蛇口が、仇みたいに照り付ける太陽の光を反射して鈍く光った。 と、その虹色が、唐突に今日が「自分が生まれた日」なのだとなにかのお告げのように脳内に降らせた。 そうか、そういう日にオレはまた精神に返るのか。 どうしてオレは生きているのかと考えると不思議でたまらない。一巡り一巡り、年を取って、もう「自分」そのものを見つめることができる年になれば、幼い頃思いえがいていた像とははずれた自分がいつもいる。何百年たっても同じことなのか。毎年疑問視する。「これでいいのか」「これでいいのか」。そして気づく。何十年も生きてきた人生の先駆者も、きっと今、同じことを考えているだろうことに。ああ、人というのは何年たっても答えなどでないのか。じゃあそんな疑問の中で回答のない中で、あたかも狭い水槽の魚達のように、勝手に傷ついたり傷つけたりするのか、なぜ―― 「優しいからですよ」 あの声が思い出された。幾つもの声の緒(を)の中で、もう耳に馴染みすぎたくらいの 「痛みを知る生き物だからこそ、ぶつかりあうんです」 生きることに否定的だったのは、いつしかオレだけになった。あいつときたらオレの知らないところで一本の機軸を得たようで、オレはたまに「生きている」目に覗き込まれた。怖い、と感じていることは本人は知らないだろう、きっとおまえもオレを置いて、地に足つけて歩いていくのだろう。オレだけはただ幽霊そのもののように空虚を漂いながら「死んでいない」状態でい続けるのか。 なぜだろう、そんなことを思い出したからか。 唇にガサリと固い紙の感触がした。すりつけるように、口内へと押し込められる。舌よりも先に鼻が嗅ぎ取った。甘い香り。この状況にとても不釣合いな。咄嗟に動いたのは恐怖からだった。この場にそぐわないそれが、急に意識を現実へと急浮上させた。 何……! 瞳孔を開いた先にいたのは、厳しい顔をした男。 幻だろうか。戦火の混乱で思念波も通じず、もう二度とこの体では会うこともないだろうと思っていた直江は、ピクリと体を震わせたオレに一瞬手をとめたが、すぐに今度は指先をオレの口に入れてきた。そのまま動かし、口内を蹂躙する。紙から取ったその物体を、無理矢理押し込む手つきはひどく乱暴で、その指を噛んで抵抗しようにも、力をなくしたオレの口は勝手に、母親の乳首に吸い付くように、勝手にもうその甘い指を食べ始めた。 少し目を見開いた直江が、やっと安心したように、うってかわって優しくオレの舌へ指を這わせた。水飴のような感触。 と、恍惚とした意識の中で、ようやく思考が戻ってくる。 これはなんだ? 今、オレが舐めているこれは、ナンだ? 味に覚えがあった。けれどここにあるはずはなかった。 直江の膝の上で抱え込まれている頭(こうべ)をゆっくりめぐらすと―― 「……」 見てはいけないものを見た。 丸太のようにもう動かないぼろぼろの兵隊服の男。仰向けの顔は血まみれで、嘔吐物で濡れた口元は、汚く乾燥して黄色くこびり付いていた。火の手をかいくぐってきたところで力ついたのか。もう固まった手の近く。少しただの布切れになった鞄の中身はなぜかぶちまけられていた。 珍しくはない。死体の荷物を漁るなど、ここではよく見る光景―― 「!」 自分にもまだこんな力が残っていたかと驚くような勢いだった。上半身を思い切り立たそうとして、それでも一瞬早く反応した直江に、今度は体ごと抱え込まれた。 「あ……あぁ……」 声にならない嗚咽をあげ、まるで毒を掻き出すように、ガクガクと震える手を口元に入れて吐こうとしたオレを、直江も悲鳴のような吐息とともに厳しく掴んだ腕で静止する。崩れそうな視界に、直江が映る。オレが理解したことを察して、痛そうな目で、それでも首を横に振った。 仕方ないのだと目が言っていた。 もう本能でもがくオレを、獣を押さえつけるように強く後頭部を引き寄せ、残ったそのチョコレートを焼ける喉奥にただただ擦り付けていった。 金より宝石より、今貴重なその食べ物を、あの兵士はどんな思いで持ち歩いてたのか。これをなんと言えばいいのだろう。絶望感?湧き上がった嫌悪感は自分自身にだった。 「ぃやだ……いやだぁ……」 荒い息を繰り返しながら、声を震わせて泣き叫んだが、力つきたそれは、ただの呟きにしかならず。「いやだ……なお、いやだ……っ」 必死で暴れながら子どもみたいに同じことを繰り返す。叫べないならせめてと目でと、喉をひくつかせながら懇願しても、直江は感情を押し殺したようにオレを離さなかった。 こうなるともう暴力だった。首でも絞められるんじゃないかというくらい、強く、オレの顎を掴んで、無理矢理上を向かせて口を開かせる。何度かオレの歯に強く噛みつかれた直江の指は、オレの口に甘いものとは別に、鉄の味を落としていった。 「ん……くっ」 水筒の水を含んだ直江に、口伝いに水を押し込められ、苦しさにとうとう嚥下した。水と混じって薄まったものには味などなく、気持ち悪さだけが残ったが、それとは関係なくオレの血や肉となるためだけに体内に吸収されていった。 ゴクリ、と飲み込んだ音がやけに鼓膜に響いた。 ひどく――打ちのめされたようだった。 人の首が重い鉄で切り落とされた音にたまらず固く目を閉じて、抵抗をやめて直江の腕に後頭部をゴトリと預けた。相手の肌にめりこむように額を胸に擦り付けてやった。ザラザラと固い前髪が、自分の額にただただ擦れた。 「なんで……こんなことをする……」 憎かった。そこまでしてオレを生かそうとするこの男が。 もうどうだっていいのに。こんな思いまでして生き長らえたくないのにと後は無言で詰った。口は動かずとも、体は動かずとも、全身で直江を責めた。 呪詛のような声をあげる口を何度も直江のそれで塞がれても、ただただオレは体を固くし、潔く死ねなかった瀕死の動物のように、世の中すべてと自分自身を呪いながら、 「生きてください……」 景虎様。 と辛そうに搾り出すその名は罪だ。 泣くような直江の声を耳に受けてなお、自分の命を重い空へと預けるように指を伸ばした。 「甘すぎる……」 と呟いて、届かなかった空を諦め、全人類の批判から逃げるようにその手で顔を覆って、仰け反らせた喉だけを震わせ続けた。 しばらく……どのくらいの時間がたっただろう。息が続かなくなって、肋骨が軋んだように痛み、とうとう肺さえも脱力した頃になって、そっと直江の腕が動いた。憑き物が剥がれたように、荒々しさとはうってかわった怖いくらいの心地よさで胸の中でぎゅっと抱きしめられながらもそこには何もなく、ただ闇が広がるだけ。 「……ています」 その言葉も、意味ほどには甘くなくオレをからめとっていく。まるで今、ちょうど体を侵食していくチョコレートのように、重く。 生きている。こうしてまでオレは生きているのだ。 |
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| a newly written | |
| 2004.2.14 | |