永遠に追いかけてくる夜に、はしゃぎながら太陽は逃げる。
さぁ、始めよう。途方もなく壮大な鬼ごっこを!




03: 追うもの Help me ! from crazy & lovers man.




なぁ、なんでオレなんだよ。ほかにもたくさんいるじゃねぇか。なぁ他のヤツにしとけよ、オレなんてほっといてさ。頼むから……なぁ、やめてくれよ。そうだよ怖いんだよおまえが。強がってっけど本当は怖いんだ。おまえに追いつかれたときどうなるのか想像もつかない。いいや自分だけじゃない。そのとき、おまえが。……。……なぁ、おまえ何したいんだ?もう諦めろよ。オレは、おまえが、こんなにずっと追いかけるようなたいそうな人間じゃない。やめてくれ……そんな眼でオレの背をずっと見ないでくれ……


 はっはっはっはっ。
 気づけば必死で走っていた。「そいつ」が追ってくるから、オレは逃げなくちゃならない。手足を棒にしながらもオレは走る。
 捕まったら終わりとだけ知っていた。食われるとか殺されるとか、そういう具体的なことでなくただ漠然と、しかし捕まったときが確実にゲームオーバーの合図とだけ、ずっと昔から決まってる真理みたく知っていた。
 いつからこうしているかなんてもう覚えちゃいない。今朝だった気も、昨日だった気も、先週だった気も、もうそれよりずっと下手するとこの世に生を受けた頃からだった気も――はっはっはっはっ。
 闇が追ってくる。あんまり疲れて、目が眩んで足ももつれる。ヤケクソになって「早く追いつけ!」と叱咤したこともあった。ここで無様に転んで背中から襲いかかられるくらいなら、と開き直り意を決して立ち止まったこともある。踵を返し、張り裂けそうな心臓でその恐怖と対面する。
 そしたらあいつ、どうしたと思う?
「なんだよ……」
 安堵じゃなく、訳の分からなさで語尾が震えた。
「なんで止まるんだよ」

 オレが迎える準備は万端だった。
「追われる」ことを「終われる」。
 疲れ果てた体は安らぎを欲しがり、癒されることを真に願ってたから、オレはこれから来るだろう静寂の暗闇に、それを求めた。
 なのにあいつはいざ、このときになって動かなくなったんだ。
 怯えるように一定の距離を保ってこちらを真摯に見ている。そいつが欲しがっていたその瞬間を、叶えることを躊躇うようにそいつはこれ以上近づいてこなかった。

 ヘンなヤツで、オレが立ち止まるとそいつも止まる。
 なのに、走りだすとまた追ってくる。

 まぁおかげで、どうしても疲れたとき、オレは休むことができるようになった。飯を食って、風呂に入って、寝て。けれどいつか追いつかれて殺されるんじゃないかって不安が夜明けとともに起き出して。
 だからオレはまた一人で走り出す。
 すると向こうもどこからか現れ、また追いかけてくる。
 はっはっはっはっ……。




 そんなことをしてるうちに、オレにも妻ができた。

 もちろんオレはまだ逃げている。しかし優しい目をした彼女は、オレがこうして走ってるのを理解してくれ、自分も一緒に、と申し出てくれた。
 涙が出るくらい嬉しかった。
 一緒に走ってくれる人がオレにできるなんて。まさかこういう形で、幸せというものを得るとは思わずに、ほのかに香る彼女の匂いを感じながら、オレは初めて微笑みながら走ることを覚えた。
 そんな中、あいつが何したと思う?



 そいつ、
 彼女を食っちまったんだ。



 隣を走っていた姿が黒い嵐みたいなものに襲われ消えたとき、そこに一瞬見えた悲しい鳶色の眼の残像。
 オレは泣いた。オレのせいだと泣いた。オレなんかと関わったせいで彼女は。
「一緒に食えよ!」
 と涙をちぎり飛ばして後ろのヤツに立ち止まって叫んだ。もうなんだってかまやしない。こんなにそいつを心から憎んだことはなく、それ以上にこうまでして生きてる自分を憎悪したことも。食えよ。オレを食えよ。
 ――あいつは何も言わなかった。

 だからオレはまた走った。走り続けてきたこの体は、もううずくまるより走るほうが身についていた。座ったら、涙が溢れてとまらなくなるから、乾かすために風を切りながら、足が折れるくらい駆け続けた。


太陽の白い光が眩しくて、手をかざして見あげた空にあつらえたように飛行機雲が一筋。たまに空からは雨がぽつぽつ降ってきて、汗をすっかり流れ落としてくれた。ふと、後ろのあいつは大丈夫かと思いそんな心配をし始めた自分に驚いた。はっはっはっはっはっ……呼吸ももう慣れたもので、今じゃマラソンをしてる人たちとすれ違いざまに「おはようございまーす」というのもお手のもの。荘厳なすべてを染め上げる夕焼けに圧倒され、この世のものとは思えないくらいと考えて、じゃあ今まで自分は何をこの世のものと考えていたのかと少し笑った。……なぁ、おまえはどう思う?

 そしてオレはまた一人で走っている。
 でもおかしなことにだんだん楽しくなってきた。だって、追われてるってことは、必要とされてるってことだ。
 一人で走ってるけど、一人じゃない。
 向こうも疲れてきたのか、後ろの気配が段々遠ざかっていきそうになったとき、オレは咄嗟にわざと転んだ。そのとき気づいた。


 来いよ


 ほら、あいつが笑った。
「待ってください、高耶さん」
「――捕まえてみろよオレを」

 直江。

 呼んだ名前が何より魅惑の一言のように、たまらないというようにあいつは笑って首をふって、またオレに向かってまっすぐ手を伸ばすのだ。

 こうしてオレ達はまた走り出す






きっと永遠に。